こんにちは高知県の中小企業の土佐黒潮水産で働いている伊藤といいます。今年も無事に始まりましたね。今年始まったことでいいますと上司(中学からの友人)よりメルマガを毎月1本、フリースタイルでいいから書いてほしいというお達しをいただきました。ただ、これまで文章を書くなんてことを大学のレポート以外でしたことがないので、私の人となりを知ってもらうために去年の出来事を1月から振り返って行ければと思います。ぜひお付き合いください。 皆さんは昨年の1月の出来事を覚えていますか?1年経ったのでもうそんなに覚えてないという方も多いと思うのですが、私がこの会社に勤める経緯となった一つのきっかけにもなります。それは能登の地震です。今からするのはあくまで暗い話ではないので安心してください。毎年こたつに潜ってだらだらと過ごしている私にとっては大きな衝撃でした。また運悪く能登に支援物資を運ぶ自衛隊機と一般旅客機の接触という不慮の事故も畳みかけ目覚めの悪い正月になった事を覚えています。私自身、高知の実家を後にし、上京をして9年目を迎えようとしていました。そんないつもと変わらないお正月を家族と過ごしいつも通り帰省を終え旅立っていったのですが、私の中では一つしこりがあるようなそんな感覚がありました。高知県は昔から南海トラフという巨大地震が来ると言われていたこともあり、地震のニュースに少し敏感になっていたのもあると思います。そこからふとした時には「いつか地元に帰ると思っているがそれはいつなのか」「祖父母や家族とあと何度食卓を囲めるのか」といった地元の家族の事や、「あの人とここにも行きたいしあの人とはもっと話してみたい」「あの人は私が地元に帰るの引き留めてたな」といった上京先で出会った友人の事など様々な人との事を考えていました。その中で、私はきっとこの先友人たちよりも過ごせる時間が短くなってしまうであろう家族との過ごせる時間をもっと大事にしたいと思い地元へのUターンを決意しました。確か1月20日頃だったと思います。当時勤めていた会社の上司にあたる中学からの友人に高知に帰りたいという事を伝えました。そして家業をやっている友人の実家で働かせてほしいということを伝えました。察しの良い方はここで気づいたかもしれませんが、その友人の実家こそがただいま働かせてもらっています【有限会社土佐黒潮水産】です。そしてその友人は、会社が変わった今も上司です。という形で1月は「伊藤、実家に帰ると決意する」の巻でした。今月のメルマガはここまで、次回は「伊藤、銀座で寿司を食う」の巻です。頑張って書きたいと思います。